ローカル通信vol.22|藤岡で活躍するプロフェッショナル対談(前編)|諏訪神社 宮司 篠宮剛様×関口廣建設㈱代表取締役 関口 貴久

藤岡市で活躍する プロフェッショナル対談 (1)

12月発行の「ローカル通信vol.22」に掲載の対談内容の詳細です。前編・中編・後編に分けてお届けいたします。

 

対談 諏訪神社 宮司 篠宮 剛様 × 関口廣建設株式会社 代表取締役 関口 貴久

 

『地域の人が集まる神社に』

 

[関口] 本来の神社って何か、というお話からお伺いします。

[篠宮] 神社で一番大切なことって『お祀り』することなんですよね。神様がいらっしゃって、神様をお祀りしていく。

神様をお祀りしていくには、まずそこに住んでいる人たち、いわゆる氏子の方々がそこに多く穏やかに生活していくには?と考えた時に、その時々に人が集まる魅力を持った神社を作り上げていくことが必要なんだと、最近はこのことばかり考えているんですよ。

 

[関口] 諏訪神社の由来は?

[篠宮] 約1100年前にはすでに諏訪神社の前進になるような神様をお祀りしていたようなんですね。

1566年に信州の方から、芦田下野守信守(あしたしもつけのかみのぶもり)さんという方がいらっしゃって、今の第一小学校のあたりに「藤岡城」を居城するにあたって諏訪大社から剣などを貰い受けてお祀りをするようになったのが諏訪神社の始まりです。

[関口] 戦国時代?

[篠宮] 室町時代ですね。今ある社殿は1590年に建てられました。神楽殿も一緒に建てられたと言われています。

1850年に改修改築されていて、それからは手を加えるようなことはしていません。

[関口] それから養蚕が始まっているんでしょ?

[篠宮] それは江戸時代ですね。高山社の養蚕学校ですよね。藤岡の通りが2通りあって、諏訪神社側が笛木(ふえき)通り、浅間神社(せんげんじんじゃ)のほうが動堂(ゆるぎどう)通りと言って、この二つの通りで月に1回ずつ市がひらかれていて、大丸とかそういう方々がが買い付けに来ていたそうです。

 

[関口] そもそも神社って何なんでしょうか?

[篠宮] そこに住んでいる人たちの心の拠り所となる存在だと思うんですよね。氏子さんと呼ばれる方々の神様が氏神様。氏神様と産土(うぶすな)、すなわちその土地の神様が一緒になって祀られているところです。

実際にその神社やその場所に行ってみないとわからない、感じられないものがあります。

[関口] 日本にはたくさんの神様がいる中で、地方地方に神様がいるわけであって、そこはメディアとか人が集まる場所でもあるなと思う。昔はテレビもなにもない中で情報の中心地が必要だったと考えるとそれが神社だったんじゃないかな。

[篠宮] そうですね。それと例えば伊勢神宮は、今でこそ新幹線や飛行機があって、行こうと思えば日帰りで帰ってこれますけど、昔の人は伊勢、三重県に住んでいる人ならすぐに行けるかもしれないですけど、例えば北海道とか沖縄とか遠くからお参りする人は、生きて帰ってこられるかわからない、命がけで行く。そのくらい伊勢の神様はすごくありがたい存在なんですね。

 

<中編へ続く>

リンク 諏訪神社